気候
熱帯性気候で、北マリアナ諸島の年間平均気温は27℃。気温や湿度の変化がほとんどなく、一年中海に入ることができます。雨季は7~11月で、南の島特有のスコールが降ります。スコールは日本の夕立のようなもので、突然ザッと降ってきますが、すぐに晴れて青空に変わることがほとんど。雨季でも、このスコールが一日に数回降る程度です。
【時 差】
時差は1時間。北マリアナ諸島の方が日本より1時間先行しています。日本の正午は、北マリアナ諸島の午後1時。。
【通 貨】
USドルが基準通貨ですが、日本円も大体のところで使えます。北マリアナ諸島には、アメリカの銀行が数軒あります。ほとんどの場合、観光客向けのお店では主要なクレジットカードを利用することができます。
【両 替】
2階の出発ロビーにのみ両替所があります。街中のホテルや、銀行または市内のDFSなどでも両替は可能です。
【チップ】
レストランやタクシーでは料金の10~15%が相場。ホテルのボーイやメイドには、最低1ドルが目安です。
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北マリアナ連邦の電圧は120V/60Hz。日本の電圧(100V/50~60Hz)とは異なりますが、正確に言えば日本の電化製品をそのまま使うことはできませんが、短期間の使用では問題無く利用可能です(自己責任にてお願いします)
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サイパンでは、ホテルの客室や公衆電話から、島内電話、国際電話がかけられます。空港、ホテルのロビー、ショッピングセンターなどには、国際直通電話も設置されています。

ホテルによって、国際電話の識別番号が「001」と「011」のところがあります。
そのほか、日本語の案内が必要な場合は、オペレーターを通したり、日本語のガイダンスに従って、必要な番号を入力していく方法もあります。
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※005Rにてダイビングにご参加のお客様には勿論ホテル間の送迎は全て含まれております。
シャトルバス
「イブニングショッピングシャトル」
運行時間:17:00~22:00
北行きと南行きがあり、主要ホテルとDFS(デューティー・フリー・ショッパーズ(在ガラパン))を30分間隔で巡回している。南方面循環と北方面循環を通して利用の場合は、DFS南口バス乗り場で乗り換えよう。
乗車券:10ドル(大人、子供同額)、1週間有効
販売場所:ツアーデスク、DFS
※天候・道路状況により運行スケジュールに変更の可能性もあり。
「DFSエクスプレスバス」
運行時間:午後~閉店まで。運航スケジュールの詳細は、ホテル、DFSにてご確認ください。
- 各ホテルを回る、北行きと南行きの無料シャトルバスを60分毎に運行。
- 北コース/マリアナリゾート~パームスリゾート~アクアリゾート~ハイアットリージェンシー~フィエスタリゾート経由
- 南コース/コーラルオーシャンポイント~PIC~グランドホテル~ワールドリゾート経由
※DFSエクスプレスバスは、あくまでもDFSを利用する方のための送迎バスです。 ホテル間のみの利用はできません。
タクシー
空港、主要なホテルやショッピングセンターにはタクシーが待機しています。政府公認のタクシーは、日本と同様に顔写真入りの身分証明書を掲示していますので確認してください。また、タクシーメーターが動いていることを(走り出すときに2.5ドルになっているかを)確認してください。
初乗り 2.5ドル それ以降は1/4マイル(約400m)ごとに75セントが加算される。チップ目安は10%程度 スーツケース1個1ドル
※目安:空港~サイパンワールドリゾート/15ドル程度、空港~ガラパン地区/25ドル~30ドル、空港~マリアナリゾート/50ドル、ガラパン地区~マリアナリゾート/30ドル程度
レンタカー
サイパンでは21歳以上で30日以内の滞在なら日本の運転免許証で運転ができます。レンタカーを借りる際には、日本の運転免許証、パスポート、保証金用のクレジットカードが必要です。
歴史
北マリアナ諸島には、チャモロとカロリニアンの2つの先住民族がいます。北マリアナ諸島とは、グアムを除くすべてのマリアナ諸島をさし、サイパン、テニアン、ロタが主な島となります。
北マリアナ諸島に古代チャモロの人々が住み始めたのは、紀元前1500年頃。東南アジア方面から渡ってきたと推察されます。800年頃には、現在もさまざまなモチーフに使われる巨大な石柱「タガ・ストーン(ラッテ・ストーン)」が現れます。タガ・ストーンは、北マリアナ諸島に多く残されていますが、その最大規模のものは「タガ王朝」の中心地だったテニアン島にあるタガ遺跡。このタガ・ストーンは、かつて家の柱だったとされていますが、その謎は完全には解明されていません。カロリニアンの祖先が北マリアナ諸島にやってきたのは、チャモロよりずっと後の18世紀頃。南方のカロリン諸島からカヌーを操って交易に来たのが始まりとされています。その後、カロリン諸島のラモトレックから多くの島民が移住。さらに他の島々からもサイパンに移り住んでいます。
北マリアナ諸島がヨーロッパの歴史に登場するのは、16世紀に入ってからのことです。
1521年、マゼランが来島したことからスペイン領になりました。その後、植民地獲得の動きが盛んになると、北マリアナ諸島を含むミクロネシアの島々は列強の争奪の的となります。第一次世界大戦時には、日本が統治受任国に就任。このころ、多くの日本人が移住し、サトウキビやヤシの栽培を行いました。砂糖王公園やシュガートレインなど、当時の遺構がサイパンに数多くみられます。
第二次世界大戦では激闘の舞台となりました。現在も各地に戦争の傷跡が残されています。
終戦後の1947年、元日本委任統治領がアメリカの信託統治領になり、この体制は1986年まで維持されました。アメリカと政治統合した国家(連邦)を建設するための制約には、マリアナ諸島と連邦政府の間の政治的枠組みが定義されています。現在、北マリマナ諸島連邦の住民は、アメリカ国籍を保有しています。また、アメリカから憲法による保護やその他の保護を受けています。




